yokohamanekoの日記

横浜で猫2匹と暮らしております。

「烈火の月」 野沢尚

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「烈火の月」 野沢尚 小学館文庫


千葉県、愛高(あたか)市・・・。
東京アクアラインの開通により、流通で、人、物、のみならず、
犯罪をも、膨れ上がらせてしまった街・・・。
愛高警察署の刑事課に所属する、我妻諒介に正義など無かった。
自らの暴力癖を、国家権力の元に正当化し、狂気を満たしていただけ
の刑事だった。


麻薬の密売人が惨殺された。

殺人事件の捜査中に、愛高署の刑事たちは、
麻薬取締役部と接触することになる。
通称、「マトリ」と言う。
マトリの女、烏丸瑛子が登場する。

マトリは殺された密売人を追っていたのだ。


愛高内で、麻薬密売ルートをめぐっての争いがおきているらしい。


愛高署とマトリは、互いに反発しあっていた。
そんな中で、互いに組織のはみ出しものである我妻と瑛子は、
二人の密売人を検挙するが、そこから事態は大変なことになっていく。




この本の第一章は「その男 凶暴につき」とある。
なにやらどっかで聞いたことがあるような・・・。
映画好きの方ならすぐお分かりであろう。
ビートたけしさん主演、監督の映画のタイトルである。

野沢尚さんはこの映画の脚本を担当している。
この本の後書きに、野沢さんが書いていることなのだが、
映画の脚本というのは、実際の撮影の現場ではいろいろ
変わってしまうそうなのだ。
そして、この「その男 凶暴につき」の脚本は、映画では、
全く違ったものになってしまった。
しかし、映画は素晴らしいものになっていたので、野沢さんは
ショックを受けたのだと言う。
自分の脚本をガタガタにされ、
しかし出来た作品は傑作だったのである。


野沢さんが小説家になるきっかけのひとつになったのが、
「その男 凶暴につき」であり、この小説は、その脚本をベースに
書かれた、言わば、野沢さんのリベンジ作品なのだ。


映画を見たわけではないが、恐らくは巨大組織に立ち向かう、
はみ出し刑事がハードボイルドタッチに描かれているのだろう。
小説も基本的にはその路線だが、野沢さんは、「マトリの女」を
登場させている。

「マトリの女」、烏丸瑛子は、小説内で非常に重要なウエイトを占める。

個人的には、主人公の我妻よりも、瑛子に感動を覚える。
最後に瑛子が選択した道は、あまりにも辛く、予想もできない道だった。
男の物理的な強さなど、女の精神的強靭さには歯が立たないのだ。


この小説は最高のエンターテイメントであり、傑作である。
安っぽい男のダンディズムを振り回すハードボイルドとは違う。

この本の最後、「野沢尚のメッセージ」と題し、野沢由紀子さんが
文章をつけている。
由紀子さんは野沢さんの奥様だ。

「この作品で野沢が言いたかったことは烏丸瑛子があえて苦しい道を
 選び生きていこうとする姿を通して、人はどんなことがあっても、
 どんなに辛くても、頑張って生きなくてはならないということだと
 思います。
 我妻諒介の決断も決して楽なものではないけど、それでも頑張って
 生きていくしかないのでしょう。人は誰一人として、一点の曇りのない
 人生なんて送っていないのだと思います。私を含め、みんな何かしらの
 辛さや悲しみを抱えていきているのだと思います。いつもそう言っていた
 野沢自身の行動はいまだに信じられません」


2004年、6月28日、野沢尚さんは、自らの命を絶った・・・。

このブログで野沢さんの作品をいくつかとりあげ、
多分、そのたびにその死を悼んできた。

これほどに「生きる」ということを貪欲に描ける作家が、
どうして・・・。

野沢さんの新しい小説はもう出ない。
残された小説を貪り読むしか、私には残っていない・・・。