yokohamanekoの日記

横浜で猫2匹と暮らしております。

「溺レる」川上弘美

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「溺レる」 川上弘美 文春文庫

八つの短編からなる。
一般的にジャンル分けなどに当て嵌めて見れば「恋愛小説」なのだろうか。

小説と言うと、プロットとかがあり、設定がどうしたとかって話しになり、
人物の描き方だの、心理描写だの、起承転結だの、短編には切れ味が
必要だのと、小説入門のハウツーものには書いてありそうだ。
そんなこざかしい事を考えるに、これは小説なのかな、とふと思う。

男と女がいる。特に場所の設定もない。男と女がいる風景をちょっと
切り取って、文章にしてみた。語り部は女…。そんな気がするのだ。

登場人物は殆どが二人。面白い事に心理描写というのは殆ど無い。
淡々と事象だけをかき綴りながら、結論と言うものをつけずにふわっと終わる。
強烈にドラマチックな展開などなく、どちらかと言えば、男も女もいけてない。
だからかえって日常生活的なリアリティーに溢れてたりもするのだ。

それと、リアリティーから突出した川上さんの好きな「うそばなし」が二編。
「百年」と「無明」である。

不倫の末に心中した男女だが、女だけが死んで男が生きのびてしまう。
男は家庭に戻り、何事もなかったかのように長い気して天寿を全うする。
女は意識だけが生き残り、百年が経ってしまう…。筋書きだけ聞くと恐ろしく
悲惨なる物語だが、身分不相応な不倫をする男を、女が俯瞰しているように
感じる。しかし、やはり結果として取り残された女の意識が切ない。

不死の夫婦がいた。死亡事故歴二回と言う経験をしていた。しかし実際には
死んでいない。そして五百年生きながらえた。その二人のドライブの模様を
描いている。性交を忘れてしまった亭主は妻に自慰をさせてみる。エロティック
な展開かと思いきや、例の如く淡々と描く文章にはいやらしさなど感じず、
吹き出したくなるようなおかしさが滲む。

以上の二編は個人的に気に入っている。

川上作品、ようやくこれで四冊を読んだ。たったの四冊ではあるが、
明らかに他の作家とは全く違った作品世界を持つ人だと分かった。
ところがやっかいな事に、これをうまく人に伝えるとなると至難の業
となる。「とくかく、読んでみろ」と言うほかないらしい。