yokohamanekoの日記

横浜で猫2匹と暮らしております。

28年前の入社式 その三


日を追うごとに蓄積される疲労・・・。

スケジュールは過密であります。
会場から、会場への移動は、走って行きます。
ブレザーにネクタイを着用、ワイシャツとスラックスで、
ランニングなどしたのは、これが最初で最後です。

しかしそんな事よりも、最大の原因は、毎日浴びせられる
怒声へのストレスでしょう。
監視の目は研修会場だけではありません。
寝泊まりする研修所の部屋にも向けられています。

起床した後の布団がちゃんとたたまれていない。
部屋の清掃が雑だ。
こんな事でも説教を食らいます。

部屋には鍵などついておりません。
深夜でも、教育担当が、巡回し、起きて無駄口でも叩いて
いようものならば、全員が叩き起こされ、正座をさせられます。
幸い、私の部屋ではそういうことはありませんでした。


爆睡しているはずなのに、朝は起きるのが辛い。
心身ともに疲労が蓄積されている証拠でした。
高卒、18歳、大卒でも22歳、そんな若者が、
極限の疲労と戦いながら、研修は進んでいったのです。


しかし、私たちにも気付いた事がありました。

敵も疲れている・・・。

今にして思えば、当然の事でありましょう。
後からいろいろ知ったことではありますが、
千人以上の人間、しかも半数以上は未成年です。
更にその半数は女子なのです。

なにか事故や、不始末があったら、会社としては
大変な事になります。 教育担当者の責任はまさに
重大なのです。

研修会場から研修会場への引率、その都度の点呼、
夜は、時間おきに巡回し、寝るのは交代制だったそうです。
そしてなによりも、なにかにつけ、怒鳴りつけ、一切の甘さを
排除しなければならない。
年齢的には30代、40代ですから、たまったものではありません。



そして、疲労困憊の最終日。
研修プログラムには「セレモニー」と書いた項目がありました。

「セレモニーってなんだろ?」

独り言のようにつぶやく私に向かって、同室の高卒が言いました。

「どうせ、また説教だろ」

「そうだな・・・」


しばらくすると、各部屋ごと、に収集がかかり、私たちも廊下に待機しました。
教育担当員の指導に従い、「セレモニー」の行われる会場に入りました。


セレモニー会場は、なにやら薄暗い感じがしました。
天井からはなにやら、またミラーボールが吊るってあります。

「また、ミラーボールかよ・・・」

中野サンプラザで見たミラーボールは、楽しかったけど、
今度はなにやらあまり良い気はしません。

全員が会場入りしたところで、
入社式に、登場した「秋田店店長」が再び現れたのです。
とたんに緊張の度合いが上がるのは無理も無い事。

秋田店店長さんはマイクを握ってこう言いました。
言葉一つ一つを噛み締めるようにこう言いました。


「皆さん、今日、このセレモニーをもって、研修を終わります。
 お疲れ様でした。 長かったでしょう。 辛かったでしょう」

店長は、いったん言葉を切ると、場内に居並ぶ新人を
見回しました。 一回、こくりと首を振ると、こう続けました。

「我々は、皆さんの事が憎くて、怒鳴りちらしていた訳ではありません。
 皆さんが、一刻も早く、社会人として、あるいは、我社の一員として、
 立派にやっていけるための試練を与えたのです」

「皆さん、皆さんはそれをちゃんとやりとげました。
 よくやりました。 よくやりました」

店長の声が震え出しました。

騙されるな・・・これは演出だ。 洗脳されるな・・・。
ひねくれものの私は必死に自分を自制しようとしました。

「今後、皆さんがどの店に配属されようと、どの売場に立とうとも、
 決してくじける事はありません。
 この研修を耐えた君たちには、もう怖いものなんかない!!」

すでに女子のほとんどの瞳からは、涙があふれていました。

「まだ、君たちは、なんの仕事もできない。
 これから、仕事を覚え、お客様のために一生懸命働かなくては
 なりません。 苦労も失敗も山ほどしなくてはなりません。
 でも、大丈夫。 苦しくなったら、辛くなったら、この5日間の事を
 思い出しなさい。 なんでもないはずだ。
 
 仕事の事だけではありません。 若い君たちは、これから私生活の
 中でもいろいろな苦悩と戦わなければならない。
 闘いなさい。 真っ向から闘いなさい。
 君たちは、この研修で、成長したんです。 一人前の社会人として!」


多くの人間が、一体感を共有できると言うことを、この時、私は
初めて知りました。 もしかしたら、これを洗脳というのかもしれません。
しかし、洗脳なら、洗脳で良い。
ひねくれものの私の瞳からも、不覚にも涙がこぼれ出しました。


「皆さん、我々に、皆さんを見送らせてください」


会場の何箇所かある出口に、教育担当社員がずらりと並びました。
私たちは、退場の際、その一人一人と力強い握手をかわし、
肩を抱き合い、暖かい言葉をいただき、会場を後にしたのでした。

「がんばれよ、期待してるぞ!!」

「この研修の事忘れるな、がんばれよ!!」

「明日の社をささえるのは、君たちなんだぞ!」


鬼が人に戻ったのを見た気がしました。
「心を鬼にする」という言葉を実感したのもこの時でした・・・。





あれから、28年・・・。
私は9年でこの会社を退職してしまいましたが、
怖ろしい事に、18歳に叩き込まれたあの精神だけは、
生きているのです・・・。

今朝、仕事で車を運転していて、信号待ちをしておりました。
ふと見た歩道で、なにやら7、8人の男女を見かけました。
黒っぽいスーツ、胸のポケットにネームプレートが見えるところでは、
どうやら制服のようですね。
男女とも、とても格好良い制服です。どうやら、目の前のホテルの
制服のようです。
しかしその格好良い制服が手にして入るのは、竹箒・・・。

はは~~・・・。 新入社員だな・・・。

ホテル回りの歩道の清掃など、本来なら清掃業者が行うもの
ですが、新入社員の研修の一環でしょうか・・・。
一人の男子が、なにやら作業をしておりません。
せっかくホテルに就職できたのに、なんで掃除なんかやらなきゃ
いけないんだ? ってとこでしょうか?
すぐに引率らしき先輩社員に注意されて、あわてて作業を
しだしました・・・。


こら! 新入社員! 
新入社員はなんでもやらなきゃいけないんだぞ。
がんばれよ・・・。

おやおや、私は、いつのまにか、うるさい側になっていましたねぇ・・・。
あははは・・・。