yokohamanekoの日記

横浜で猫2匹と暮らしております。

黒塗りの車



 野菜をいろんなところに納める仕事をしています。お取引先様は病院が
多いのですが、今日、ある病院での事。

 納品ですから、家庭で言えば勝手口みたいなところから入ります。それ
はだいたい、建物の裏側になりますね。ま、病院に限らず、そうでしょうが、
病院に限っていえば、霊安室もその近くにあります。

 今日もいつもの様に、とある病院に納品に伺いました。品物を台車に載
せ、ゴロゴロと押して行きましたが、納品口の前に黒塗りの車が停まって
いました。他の納品業者ならばすぐにどきます。そうでない時は、病院の
受付に申し出て、車の移動を院内放送してもらいます。

 この車はそう言う訳にはいきません。台車を脇に寄せて待ちました。程
なく納品口からキャリアーが出てきて、黒塗りの車のハッチバックが開かれ、
キャリアーから車へ移動が…。

 ぼそぼそと人の話し声が聞こえます。内容を聞き取れる程ではありませ
ん。やがて、ハッチが閉められる音がして、何人かの人たちが車に乗り込
み、エンジンが掛けられと、ゆっくりと車は走り出しました。

 車が去った後、納品口の前で、車を見送るように三人の男女が立ってい
ました。白衣を着た男性はこの病院の医師でありましょう。その左脇に立つ
女性二人は看護婦さんのようです。あ、そうそう、看護師と呼ばなくてはい
けないのでした。
 三人は、車の走り去った方角に深々と頭を下げると、そのままいつまで
も頭を上げませんでした。

 もうお分かりでしょう。たった今、この病院でお亡くなりになった方が、退
院なさったのです。

 私も車の走り去った方角を見つめながら、考えていました。
亡くなられた方は、男性かな、女性かな?お年寄りかな?若い人?
あまり考えたくはありませんが、もしかしてお子さんかな?

 物事に始まりと終わりがある様に、生まれてきた人は、必ず死にます。
その原因がなんであれ、尊厳のあるものだと思いたいです。
 人類皆平等などと言うのが、綺麗事で戯言である事など、誰もが知って
います。人だって動物である以上、弱肉強食を免れません。

 人の生きている間の醜さと言ったら、他の生物の比ではありません。
動物は、自分の食欲以上に他の種族を殺したりはしないし、道具を使って
自然の摂理を破壊したりはしない。感情だの情念だのによって、お互いを
傷つけあい、殺しあったりしない…。

でも…
 せめて、死んだら、本当に皆、一緒になって天に召されるといいですね。
ちょっと、飲みすぎた様です…。あはは、酒は医者に止められていますが、
たまにはね…。酔うとこんな綺麗事を吐くのですね…。

 左端の看護師さんが、両手を顔に当て、座りこんでしまいました。泣いて
いるように見えました。初めて体験する患者さんの死だったのかもしれま
せん。となりの看護師さんが彼女を立ち上がらせると、なにごとか話しかけ
ていました。きっと先輩なのでしょうね。

 先輩は後輩を促すように、その場を立ち去りました。後に残された男性
医師は、もう一度深々とお辞儀をすると、その場を立ち去りました。

 誰もいなくなった納品口。再び、ゴロゴロ台車を押しながら、私は仕事を
やり始めました…。