yokohamanekoの日記

横浜で猫2匹と暮らしております。

夜明け前に


 前回は、病院で亡くなった方の退院の事など書きました。
今日は生きていらっしゃる方についての事です。

 まぁ、でもこれは随分昔の話しです。もう二十五年くらい前の話し。

 当時、私は二十歳かそこいらだったと記憶します。高校を卒業し、一応、
一部上場の企業に就職したのですが、まぁ、仕事に身の入る年齢でもなく、
「あ~、かったり~」だの、
「今日、やる気ね~~」だのとほざいておるような使えね~ヤツでした。

 ま、そうは言いましても、そこは一部上場の企業であります。表立って
そんな事を言おうものならば、直属上司と、そのまた上の上司と、更に上
の上司あたりからも、お説教の雨嵐が降るような環境でした。

 そんな規則でがんじからめみたいな会社でしたが、途中入社で来た
ある人と仲良くなりました。その人は私よりもかなり年上で、たしか当時
二十五歳位だったと記憶します。
 途中入社ですから、定期入社で洗脳されまくった同期の人間とは全然
違っていたのです。やっぱり考え方も行動も開放的でしたね。

 会社的には自分の方が先輩なんですが、年齢で先輩ですし、仕事だけ
じゃなく、遊びも達者でらしたので、自分は彼の事を「先輩」と呼んでました。

 「先輩」は夜遊びが好きで、愛車のローレルを操っては、いろんなところに
出没しているのです。夜遊びと言うと、酒だとか女だとかって、如何わしい
イメージがつきものですが、「先輩」は車好きです。とにかく車で移動。です
から、酒は飲まない。
 車でどこに行ってるかと言えば、誰もいない夜の公園とかで、スケボーと
かをやるのです。今でこそ、スケボーやる人なんか珍しくもなんともなく、今
ではスノボーなる競技も現れる時代ですが、その当時はかなり珍しかった
ですね。
 それと、「先輩」は玉突きが趣味でした。今風に言えばビリヤードなので
しょうが、そんな言葉はあったのかなぁ??

 ま、何はともあれ、そんな先輩に連れられて、夜の街を徘徊した後の事。

 府中街道という道を走っていました。先輩の運転するローレルの助手席
に私がおりました。時間で言えば、午前四時にはまだならんかな、ってとこ
でしょうか?どこでどう遊んだかは忘れましたが、少なくとも、酒にも女にも
関係の無い遊びだったのでしょう。あの先輩の事ですから…。

 うつらうつらとしていると、車が減速するのを感じました。あ、もう家に着
いたのかな、と思って前方を見ますが、渋滞??
 車がいっぱい並んでいます。でもこれって端に停められています。路上
駐車だな、と思う様にしたいのですが、こんな台数の路上駐車がある訳が
ない。今は午前四時にもならないのですよ。
 と見ると、反対車線にも路上駐車の数珠繋ぎです。その路上駐車の向こう
にはかなり広い歩道…。そこには何十人、いや、何百人の男たちが…。

 もう、昔の話しで、記憶はあやふやです。それでも、車は五十台ではきか
ないでしょう。その向こうにたむろしている独特の容貌の紳士たちなら、
二百人くらいはいるのじゃないかと思いました。
 ダブルのスーツ、パンチパーマ、真っ黒のサングラス。男たちのたむろす
向こうに見えるのが、巨大な塀。

 両側に大量に停めた車両をよけながら、先輩のローレルはセンターラ
インをやや跨いで徐行していました。走って抜ける勇気は無かったので
しょう。

「ここってさ…」
と先輩が言いました。
「はい?」
「府中刑務所だよな」
前方だけを見遣って硬直した表情を見せる先輩がふと洩らしました。

 目前の異常事態に呑み込まれて、そんな事も忘れていました。
「誰かが、出てくるんじゃないの」

 その通りでしょう。その辺に無造作に停められている車は高級車ばかり
です。セドリック、グロリア、クラウン…。今でこそかの人たちの車はベンツ
と相場は決まっています。もちろん、Sクラスに限ります。ですが、当時は
国産高級車もかの人たちのステータスシンボルだったのかもしれませんが。

 かの人たちを今更説明するまでもないでしょう。
「ヤクザ」ですね。昔のヤクザは誰が見ても良く分かりました。なにせ容貌は
凶悪でしたし、肩で風切るの如しに歩いていましたから。
 そのヤクザが、こんな大勢で刑務所の前にいるのなら、それは「御出迎え」
に違いありません。

 これだけの人数が集まるくらいですから、幹部級か、組長ってな事なので
しょうか? ともかくも、塀の前の喧噪は凄まじいものでした。

 なにせ、両車線とも夥しい路上駐車なのですから、ほとんど府中街道
ど真ん中を走っているようなものです。するといっせいに歩道の皆様方が
視線を寄越しました。
「なんだぁ、あ~~ん?」
 ってなかんじです。
「ひえ~~~~~~~、こえ~~~~~~~~~~~!!」
「おい! 目あわすんじゃねぇ~ぞ」
 もう、私も先輩も、おしっこちびりそうでありました。しかしです。別にただ
通り過ぎるだけなのですから、何もそんなにびびらなくても…。
でもこえ~~~。

 ほんの数キロの道のりを走っただけで、先輩と私の寿命は三十年縮まり
ました。

 確か阿部譲二の「塀の中の懲りない面々」と言う小説がありましたが、
その中で、ヤクザの幹部クラスは地元の迷惑を考えて、明け方前に出所に
なるのだと、書いてあった事を思い出します。

 あれだけの人数のヤクザを見たのは後にも先にもこれ一回しかありま
ん。