yokohamanekoの日記

横浜で猫2匹と暮らしております。

「楽園」宮部みゆき

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「楽園 上 下」 宮部みゆき 文春文庫
 
久々に宮部さんの小説を堪能した。
作風は変わっておらず、「ハートウォーマー」の異名は
今だ健在であると確信した。
 
 
模倣犯」から9年の月日が流れた。
世間を震撼させた大量殺人事件の犯人を追いつめた
フリーライターの前畑滋子は、しかし、これを記事に出来なかった。
あまりにも極悪非道な犯罪と、常軌を逸した犯人に正面から
向き合えなかった。
 
作中、若き女性警察官が、滋子になぜ記事を書かなかったか
問うシーンがある。これを読みながらふと思い出した事がある。
 
これは宮部さん自身の事ではないのか?
 
数多くの傑作ミステリーを書いてきた宮部さんだが、
しばらく現代物を書かなくなった。時代小説やファンタジー
書いていた。
作家としての幅を広げるために他のジャンルに手を染めるのは
あり得ることであろう。 しかしうろ覚えではあるが、なにかの雑誌
の対談で、宮部さんがこんな事を発言したのを思いだした。
 
「ミステリーは怖くて書けなくなった」
 
 
犯罪を扱ったミステリーでは、当然、猟奇的な犯罪だとか、
大量殺人だとか、狂気の犯人だとかが出てくる。
どうせ小説の中なのだから、常軌を逸したものがでてこようと
所詮は絵空事である。現実にはそうそうあることではないから、
自由に創作できるはずである。
 
ところが、昨今の日本では、現実の犯罪がミステリーを
凌駕してしまっている。
狂った宗教団体が地下鉄に毒ガスをまく。
自己の歪んだストレスを、知らない他人に発散し、殺害する。
捕えられた犯人はひとかけらも反省の色を見せず、世間を
嘲笑いながら死刑台へと向かう。
 
エンターテイメントしての絵空事の犯罪は、もはや絵空事では
すまなくなってきた。
そんなジレンマが、宮部さんからミステリーを遠ざけたのではないか?
 
9年前の事件と向き合えなかった前畑滋子に決着をつけさせるべく
再登場させた宮部さんは、滋子に自己を投影しているのではないかと
ちょっと深読みをしてしまった。
 
 
 
滋子の元に、ある中年女性が現れた。彼女は死んだ息子の絵を見せた。
それは、犯罪を予知するような絵だった。自分の息子には特殊な能力が
あるのではないか、そんなところから物語は始まる。
 
ミステリー小説にとってご法度なことがいくつかある。
超能力者の登場はそのひとつだ。
論理的な事象の積み重ねで、謎が次々と解明されていくのが
ミステリーの醍醐味である。超能力者が現れて事件を解決、などと
いう展開は興醒めも甚だしいし、そんなミステリーもない。
 
しかし宮部作品には以前にも超能力者が登場したことがある。
確か、「龍は眠る」だったと記憶している。人の心を読むエスパー
が登場人物にいた。
かなりの抵抗があったのだが、読後、まぁ、いいかと思った。
作品に「ご法度」を持ちこんでも許せる力量があったからだろう。
 
今回もそれと同じ事を体験した。
中年女性の持ちこんだ絵には、ある両親が自分たちの娘を殺して
家の地中に埋めた事を暗示していた。
ここから事件は動き出す。
 
両親には、姉妹がいた。姉は札付きのワルだった。
どうしようもない我が子を、両親はその手にかけた。
この事件の真実は何なのか、前畑滋子はまたしても渦中に
巻き込まれていく。
 
 
宮部ワールドは、やっぱりあった。
事件の立ち上がり、超能力者に抵抗を持ちつつ、
読み進めると、中弛みがある。ちょっとストレスが溜まる。
しかし、物語が展開するにつれ、引き込まれていく。
そして悲劇的な事件にも関わらず、やっぱり最後は優しい。
 
やっぱり、宮部みゆき、恐るべし…。