号泣する準備はできていた
「号泣する準備はできていた」 江國香織 新潮文庫
短編小説とはかくあるべきものかと感じた本だった。
小説というのは難しいものである。それは作り手にとっての事だ。読んで
いる方には関係が無い。
たった二百二十五ページの中に十二も詰まっている物語。小説の長さ
をページ数で表すなど意味の無い事だとあえて分かって言うが、一編たっ
たの十八ページ少々である。そのたった十八ページの中に、日常生活の
切り取りが散りばめられている。無論、ただ切って貼っただけではない。そ
れだけでは日常生活そのもので、なんの面白みも可笑しみもない。切り取
ったものに江國さん独特の薄い色を付けてあるのだ。それほど、劇的でも
なく、大掛かりでもなく、大袈裟な悲劇でも喜劇でもない。あまり劇的だと
返って親近感を感じない。完全なるフィクションである。ノンフィクションを感
じさせるようなフィクションだからこそ、自分自身を投影し、物語の人物にシ
ンパシーを抱くのだ。
この物語に出てくるのはみな女性である。自分には女性の気持ちは分
からないが、この物語を読んで、物語に入りこんで、自分の心の痛みや、
切なさ、不甲斐なさを吐き散らしながらも、気が付くと吐き散らした負の感
情を、いつしか蘇生させていく女性の逞しさが見えるような気がする。
決して作り手ではない自分でも、短編小説と言うのは江國さんのように
魔法使いみたいな作家が書くのだ、と実感した一冊だった。
本作は第百三十回直木賞受賞作である。
以下余談ではあるが…
江國香織さんは今月号の「ダカーポ」で、直木賞作家人気ランキングにて、
宮部みゆき、東野圭吾というミステリーの名手を抑え、司馬遼太郎と言う
大御所をも凌ぎ、第一位に君臨している。