yokohamanekoの日記

横浜で猫2匹と暮らしております。

白夜行 東野圭吾

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白夜行」 東野圭吾 集英社文庫
 
いつからこの本を読み出したか忘れてしまった。文庫本で八百五十四ペ
ージ、上下巻にしても良かったのではないかというほどの分厚さである。
ポケットから出し入れするたびにカバーが痛み、破れてきたので鬱陶し
くなって取り外してしまった。すると今度は本そのものが痛み出し、古本屋
でも引き取らんだろうほどにぼろぼろになってしまってからようやく読み終
えた。

 大阪の廃墟で質屋の主人が殺害された。その息子が桐原亮司。そして
容疑者として何人か上げられた中の一人、西本文代の娘、雪穂。やがて
事件は迷宮入りした。時間は十九年経った。
 事件を追っていた刑事のひとり、笹垣は、時効が成立し、自らが刑事を
やめてからも事件を追っていた。

 ミステリーなので、内容についてはネタバレになってしまい、あまり詳しく
書けないが、犯人探しや、犯行のトリックといった探偵小説っぽい要素は
あまりない。
 それにしても確かなプロットといい、精密なる構成といい、読者を魅了す
るに十分なる内容だと思う。あちこちに撒かれた布石は、一見すると何の
関係も無いように見えるのだが、読み進めるうちの徐々にその関連性を増
していく。
 子供だった被害者の息子と、容疑者の娘は、十九年の時の流れの中で
どう変わっていったのか。本の裏表紙には「心を失った人間の悲劇を描く
傑作ミステリー長編」とある。私は逆に考える。心のある人間だからこそ、
この悲劇があった。
 人生のそこかしこに散らばる落とし穴に嵌り、人はまともな人生から転落
する。見える落とし穴なら避けようもあろうが、見えない落とし穴などいくら
でも存在する。
 地獄の底に打ちのめされ、それでも這い上がっていこうとする人間を、心
亡きものといえるのだろうか。自分自身の正義のために、邪悪なる槍と、冷
徹なる盾を持って這い上がってくるものを…。

 この小説では物語半ばにしてほぼ犯人は確定される。後半になると物語
そのものよりも、犯人の心の闇の部分に興味が移る筈である。何故なのか、
何故そこまでして、邪悪なる心を貫き通そうとするのか…。
 最後まで犯人の心理は描写されない。しかし他者の視点からのみの描
写で十分に心の闇を垣間見る事が出来る。

 同じような作品に宮部みゆきの「火車」がある。カード破産をテーマにした
小説だが、犯人の女性は最後の最後のシーンまで現れない。そのシーンで
すら彼女は顔も見せないし言葉も発しない。彼女を追いかける登場人物た
ちの視線だけで描かれている。
 それでも圧倒多数の読者は彼女に同情的になる筈だ。

 宮部みゆきにしても東野圭吾にしてもそれだけの筆力を持っているとい
う証拠であろう。
 解説は馳星周が書いている。彼はこの小説をノワールだと言い切る。人
間の心のよこしまなる断面を描くのがノアールだという彼が、激しい嫉妬を
かくそうとしないところにこの物語のレベルの高さがあると感じる。
 本人の心理描写について一切書かない手法にも触れている。まったく同
感だと思った。
 小説はもちろん素晴らしいが、この解説もなかなか言い当てている。この
本を読む方がいらしたら、あわせて解説を熟読する事をお勧めする。