yokohamanekoの日記

横浜で猫2匹と暮らしております。

「グロテスク」桐野夏生

イメージ 1


「グロテスク 上 下」 桐野夏生 文春文庫

この小説のモチーフとなっているのが、実際にあった殺人事件である。
「東電OL殺人事件」と言えば、思い出される方がたくさんいらっしゃる
であろう。

1997年、3月19日、渋谷区神泉のアパート「喜寿荘」の空室において
女性の絞殺死体が発見された。彼女は東京電力に勤めるエリートOLで、
経済調査、副長の肩書きを持ち、年収は一千万を超えていた。

それだけなら、世間の耳目を集める事はない。マスコミが一斉に食らい
ついたのは、夜の彼女の顔だった。昼間、一流企業のトップエリートとして
君臨する一方で、夜の彼女は、風俗業界の中でも最下層に位置する「じか
引き」(立ちんぼ)だったのである。
昼間はエリート、夜は娼婦。彼女のプライベートはことごとくぶちまけられ、
ある事ない事に尾ひれ、背びれがついた。彼女と同居していた母親と妹は
たまらなくなって姿を消した。

一方でネパール人が容疑者として逮捕され、一審判決で無罪、二審判決で
逆転有罪。いまだに決着を見ていない。

事件そのものよりも、何故、彼女は一流企業のエリートOLでありながら、娼婦
になったのにかに興味が行く。年収一千万を誇り、母と妹の三人暮らし、妹も
働いており、経済的に追い込まれている事はない。性交の虜になったのかと
考えてみても、毎日四人の男性と交わり、必ず神泉から最終電車に乗って帰る
事は言わば彼女のノルマのようになっており、殺害された日時以外に外泊も
ない。あまりピンとこないのだ。
彼女を夜の闇に引きずりこんだのは何なのだ?事件の全貌が明らかになり、
事実が明確化されても、彼女の心の闇までは探れない。


この「心の闇」をテーマとして取り上げたのが「グロテスク」である。
個人的主観ではあるが、女の心の闇を書かせて、桐野夏生の右に出る
者はいないとおもう。

この小説には四人の女が登場する。誰もが心奪われるほどの美貌の持ち主
である平田百合子、この物語の語りべでありながら、名前すら登場しない
百合子の姉。そして百合子の姉と同級生のミツル、和恵。
四人が在籍したのがQ女子高だった。良家の子女があつまるこの学校は、
確固たるヒエラルキーが存在し、差別、対立、いじめなどの社会の縮図が
展開されていた。良家の子女ではない四人がここでの生活を乗り切る為に
身に施した知恵や力は、社会人になると同時に自らを破滅の道に誘った。

そして事件は起きる。かなりの部分で「東電OL殺人事件」をなぞっている。
フィクションでありながら、恐るべきリアリティーを孕んで物語は展開する。

この小説にはタイトル通りであり、明るさなどかけらも見えない。
人が感情などと言う得体の知れないものを内包している限り、悲しみや
憎悪という負の影を持たざるを得ない。その影に光を当ててみるのが
桐野文学の真骨頂である。読者によって非常に好き嫌いの別れるところ
なので、熟慮の上、おためし頂きたい…。

なお、実際の事件に関しては、佐野眞一「東電OL殺人事件」「東電OL症候群」
に詳しい。この二冊を読んだ後で、「グロテスク」を読めばより興味深く作品に
接する事が出来ると思う。別に読まなくても「グトテスク」の価値が下がるもの
でもないので、余裕があったらお勧めする。