yokohamanekoの日記

横浜で猫2匹と暮らしております。

「ひたひたと」 野沢尚

イメージ 1


「ひたひたと」 野沢尚 講談社文庫

野沢尚さんの作品を始めて読んだのは「破線のマリス」だった。
この作品が第43回江戸川乱歩賞受賞作だったのである。
続編とも言うべき「砦なきもの」、
女刑事が自分の息子を誘拐され組織から離脱して戦う「リミット」、
12歳で成長ととめた男の物語である「呼人」、
狂気の女テロリストを描いた「魔笛」、
凶悪犯罪の、加害者と被害者の娘同士が出会う「深紅」

どれも名作である。
抜群のエンターテイメント性を持ちながら、決して、人間を描く事を
忘れていない。
ハズレのない作家に出会えた時の喜びは、本読みならば一入であろう。
本の発売と同時に無条件に購入する安心買いは、本当に嬉しい。


しかし、私は知らなかったのである。
野沢さんがすでにこの世の人でないという事を…。

野沢さんは1960年生まれである。私は61年で、ほぼ同世代と
言っても良い。
2004年の6月、野沢さんは44歳の若さで自殺した…。

自分のお気にいりの作家がいなくなったというのも勿論だが、
同世代の人間が自殺したと言う事実に、私は少なからずショックを
受けた。

野沢さんは、小説を書く前は、脚本家として活躍していた。
以下に略歴がある。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8E%E6%B2%A2%E5%B0%9A

こんな輝かしい経歴を持ちながら何故…。
月並みな言い方だが、本当に惜しい…。


野沢さんの全ての作品を読んだ訳ではないが、
これから新しい作品に出会う事はないのかと思っていたところに、
本作の発売である。

野沢さんが亡くなって3年が経つ。
もう、新しい本はでないのかと思っていたところだから、
飛びついたのは言うまでもない。

短編が2編と、長編「郡生」のプロットが掲載されている。

短編は「十三番目の傷」と「ひたひたと」である。
これは5つの連作短編集の中の二つで、未完成作品だ。
まさに、野沢さんの遺品といっても差し支えない。
あと、3つの作品を残して、野沢さんはこの世を後にした。

この2作品の切れ味は鋭い。
男には到底分かりえぬ、女というものの深部を、恐るべき
辛辣さで描いていると思う。
あと3作品、是非とも読みたかったと言うのを痛切に感じる。


そして、長編、「郡生」のプロットである。
プロットというのは、作家が作品を書く上において、あらかじめ作っておく
枠組みや、荒筋の事である。
200枚ほどあると言う。

プロットは小説ではない…。
でもこれは小説なのだ。
読み始めたとたんに、ぐいぐいと物語の中に引き摺りこまれていく。
久々の野沢作品を貪り読んだ…。

たかが、原稿用紙、200枚の中に、これだけのドラマが書けるのか…。
読み終わった後に私はしばらく放心状態になっていた。


物語のラストシーンにこんな場面がある。

嵐の断崖から、海に身を投げようとする男に向かって、
ヒロインの女性が叫ぶ。
男は女性の父親を殺害した犯人だった。
男は、自らの罪を、彼女の憎悪を受ける事で償おうとした。
しかし、彼女は叫んだ。
「お父さん!! この人を連れていかないで!!」


圧巻のシーンに、涙腺が弛むのは私だけではないと思う。

そして…、

この小説(あえて小説と呼ばせていただく)のテーマは罪、罰
そして生と死である。

野沢尚さん…。
あなたの生み出した物語の登場人物、「中路英臣」は、
死を選ばなかったではないですか…。
どうして、あなたは死を選んだのですか?

あなたにはあなたの事情があったのでしょうが、
このプロット、是非、完全なる小説にして欲しかった。

今さら、言ってもはじまりませんね…。

一ファンの戯言でした…。

ご冥福をお祈りします…。
合掌…。