yokohamanekoの日記

横浜で猫2匹と暮らしております。

虚の王

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虚の王 馳星周 光文社文庫

 多くの馳星周ファンと同じ様に、私も「不夜城」で完全にイカれ、麻薬的な
る彼の作風から離れられない一人である。

 「不夜城」の舞台は新宿歌舞伎町、ヤクザをも凌ぐ、裏社会に君臨する中
国人マフィアの抗争を描いている。その中で主人公の劉健一(リュウジェン
イー)と、小蓮(シャオリエン)が愛し合うが、お互いが人を信じるような環境
で育たなかった二人は、愛し合っても信じ合っていない。ラストシーンは二人
にあまりにも過酷で悲劇的だった。
 これほどまでに後味の悪く、そして、いつまでも余韻を残す作品は久し振り
だった。いや、余韻の種類としては初めてだったかもしれない。

 今回読んだ「虚の王」の舞台は渋谷である。
バタフライナイフを懐に忍ばせて、勘違いするチーマー達、ブランド品欲し
さに簡単に股を開いて「エンコー」する女子高生達…。モラルはザードなど
と言う言葉すら忘れ去られた街。

 その渋谷を牛耳っていたチーム「金狼」。そのメンバーの一人である新田
隆弘はヤクザを刺してしまい、少年院に入れられる。新田が渋谷に戻った
時、ヤクザの報復を怖れた「金狼」はすでに解散していた。
 やくざの使い走りとして、覚醒剤の売人となった新田は、兄貴分からある
指示を受けた。高校生売春組織を奪えと…。組織の長は渡辺栄治。高校
生、学業優秀、どこから見ても普通の真面目な高校生だった。

 しかし、栄治を誰もが怖れた。何故だ?新田には分からない。暴力だけ
が絶対だった。栄治には暴力を使わずに人を恐怖に陥れる力があった。
 知らぬ間に栄治に取り込まれていく新田。頭の中にこだまする栄治の言
葉。
「考えるんだよ、新田さん、やられたらやりかえさなきゃ」

 新田が組を裏切った瞬間に、全てが崩壊に向かって進行した。
売春組織の女子高生を束ねる桜井希生、希生の教師である、橋本潤子。
二人もその渦中に巻き込まれていく。

 すべての人間の心理が倒錯し、その中でただ一人だけ、栄治だけが変
わらない。最初から壊れているのか、何かの感情が欠落しているのか、
それとも何もないのか。

 負の心理描写に長けた馳星周の文章。ワンセンテンスが短く、体言止め。
読み終わったばかりの私の文章にも余韻がある。
 五百八十ページにも及ぶ長編が、一ページ一ページがあっという間に通
り過ぎる。

 村上春樹が、精神の喪失を再生させる文学ならば、馳星周はその逆かと
思う私の考えは浅いだろうか?