yokohamanekoの日記

横浜で猫2匹と暮らしております。

「恋」 小池真理子

イメージ 1


「恋」 小池真理子 新潮文庫

 小池真理子の作品は「美神」(ミューズ)しか読んだ事が無い。確か血の
繋がらない姉弟の、微妙に揺れ動く恋愛感情を描いた作品だったと記憶
しているが、なにせかなり前の事なので、曖昧模糊としている。

 内容はともかくも、作品から醸し出されてくる雰囲気だけは、何やら印象
的だった。
それはテレビドラマとか、韓流映画とかとは明らかに異なる、小説独特
が持つものである。うまく表現出来ないが、ともかくもいつかはじっくり読ん
でみたい作家だと思い、しかしそのままになっていた。
 そして今回、偶然古本屋で見つけた「恋」を読むにつけ、小池作品の印象
にまた少し色がついたように思う。


 今の団塊の世代学生運動に明け暮れ、暴走の限りを尽くして、東大安
田講堂にその終焉を迎えた。しかし、更に生き残り、凶悪化した連合赤軍
浅間山荘に立て籠もる。
 死者三人、負傷者二十七人、動員警察官のべ十二万人、報道陣六百人
と言う空前絶後の大事件の裏で、同じ軽井沢にいた一人の女が、男性一
人を射殺し、もう一人の男性にも発砲し、重症を負わせた。
 この物語の主人公、矢野布美子である。

 大学生だった矢野布美子が、片瀬信太郎、雛子夫婦と知り合ったのは、
大学助教授の新太郎が翻訳の仕事で布美子を助手として雇った事から
始まる。
 雛子は、東京では新太郎の教え子である半田と男女の関係を持ち、別
荘の軽井沢では、喫茶店を経営する副島と愛欲関係にあった。
 しかも信太郎はこの関係を完全と肯定し、楽しんですらいた。全く理解の
範疇を超えた人間関係にとまどいながらも、布美子も信太郎と関係する。
 信太郎、雛子、布美子、三人は堕落的で、奔放で、甘美で、官能の日々
に溺れる。

 この均衡を破ったのが、大久保勝也だった。自分の妻の肉体をいくら奪
われても動じなかった信太郎が、狼狽する。雛子は精神を根こそぎ大久保
に持っていかれたのである。
 挙措を失う布美子、嘲笑う大久保。完全に破壊されたトライアングルの中
で、布美子は信太郎から、片瀬夫婦の秘密を聞き出した。

 軽井沢で二人過ごす大久保と雛子を、布美子は訪ねる。有無を言わせぬ
完全無欠なる理論で、自分と雛子の関係を語る大久保に、布美子は猟銃を
向ける。


 全編を通して感じられるのは怪しげなる官能美である。しかし男性が感じる
エロティシズムとは異なる。この辺は女性作家特有の繊細さなのであろうか?

 それと、本文で、アルバートカミュの「異邦人」の引用がある。確かに中
学の頃に読まされた(爆)記憶がある。
 自分の母親が死んだと言うのに海に遊び、人を殺し、裁判では「太陽
のせいだ」と言った主人公。全然、分からなかった。「不条理」なる言葉が
あちこちでこの小説の主題なのだと、聞かされた。全然、分からなかった。
 文学小説、しかも翻訳物である。全然分からずに放っておいた。三十年
前の事だ。
 今、少しだけ見えてきた。でもまだ分からない。

 しかし「恋」を読み終わった後は、「異邦人」を読み終わった後の様な、疑
問は無い。布美子が服役し、出所後、孤独な生活を営み、子宮癌でその一
生を終え、しかし、片瀬夫妻の庭になるマルメロの木の実が登場するにつけ、
ふっと溜息をついて、ページを閉じた。

 本作は百十四回直木賞受賞作である。