yokohamanekoの日記

横浜で猫2匹と暮らしております。

「魂萌え!」桐野夏生

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「魂萌え 上 下」 桐野夏生 新潮文庫

以前、「グロテスク」の記事を書いたときに、
「女の心の闇を書かせて、桐野夏生の右に出るものはいない」と書いた
記憶がある。
「グロテスク」を始め、「ダーク」、「OUT」、「柔らかな頰」、「玉蘭」などの
作品に顕著に見られる傾向だ。しかし、今回読んだ「魂萌え!」は少し赴きを
異とする。
上記の作品群の主人公たちが小説内で置かれた状況は非常に特殊であり、
生まれ育った環境や境遇なども、恵まれたものではない設定になっている。
これらの与件があって、事件があり、物語が展開し、女たちはその邪悪なる
深層心理の中に沈み込んでいくのだ。
しかし、「魂萌え!」の主人公は極々普通の主婦なのである。


関口敏子は五十九歳、夫は六十三歳、子供二人はすでに成人し、家を出て
いた。しかしいきなり夫は死んだ。心臓麻痺だった。残された夫の携帯電話
から、夫に愛人がいることが判明した。真面目一筋だと信じていた夫は長い
間、敏子を裏切り続けていた。

夫の死と共に、アメリカに渡っていた長男が帰国し、同居と遺産相続を主張
した。まるで夫の死を、渡りに船とばかりにである。それならばと妹も張り合おう
とする。

今まで、夫を信じ、専業主婦として、世間の事など一切知らずに生きてきた
敏子の人生が一変した。

正しい立場にあるはずの自分を、愛人は攻め立てた。子供たちは敏子の立場
よりも自分たちの将来を優先して、事を運ぼうとする。今までのように、ただ夫
の流れに身を任せて生きていたのでは、通用しない状況になったのだ。

しかし、人間と言うのはそう簡単に変われるものではない。プチ家出や、
愛人との修羅場を通して、敏子は少しづつ変わっていくのだ。そうしなければ
これからまだ続く自分の人生を守れない。
物語の始まりは、敏子はただのお人好しのおばさんでしかない。読んでいる
方がいらついてくるほどに何事に関しても甘い。それが小さなトラブルの
積み重ねや、子供じみたロマンスなどで、これからの人生を行きぬく術を
見つけていくのである。


すでに高齢化社会を迎えている日本。この程度の事は日常茶飯事的に起こり
える事柄だ。この小説には殺人事件も、凶悪犯罪も登場しないが、だからこそ
恐るべきリアリティーを以って、非日常的なる凶悪犯罪などよりも怖ろしいと
言えるだろう。

日本女性の平均寿命は、相変わらず世界トップクラスに位置している。
少子化核家族化で、老齢者は自分の子孫に頼れる時代ではなくなった。
老齢化社会に対する一つの警告をこの小説は持っていると思う。
日本政府を非難しようと、社会を罵倒しようと、生きる術にはならない。
魂萌えていかねば、第二の人生の幕は開けない。