yokohamanekoの日記

横浜で猫2匹と暮らしております。

「メタボラ」桐野夏生


「メタボラ」 桐野夏生 朝日新聞


この小説は、昨年一年、朝日新聞に連載された小説である。
ウチは新聞を取っていないので、来る日も、来る日も、この小説を
読みたいがために、買った。
雨の日も、風の日も、雪の日(はなかったもしれない…)も…。

で、タイピングの練習がてら、全文章を入力した。年度の最後は
たまりまくって、大変だった、というのは「メタボラの入力」という記事
を読んで欲しい。
ま、入力練習もそうなのだが、桐野夏生ファンの私としては、後で、
もいっぺんゆっくり読みたかっただけなのである。
なにせ、毎日ちょっとずつしか、読めないのである。いい加減最初の方
なんぞは記憶があやふやになる。そうでなくてもモノ憶えの悪さには
絶対の自信を持つ私である!!(←そんなこと威張るな…)
前置きが長くなった…。


この物語の主人公は若い男性である。他の登場人物も若者が多い。
モノ憶えの悪い私だが、桐野夏生の小説の中でこういうスチュエーションは
なかった気がする。
主人公は物語の最初、「僕」と表記される。括弧付きの「僕」である。「僕」は
森の中を彷徨っていた。彼の脳裏にあったのは「ココニイテハイケナイ」だった。
それが何を意味するのか、彼には分からなかった。
その森の中で、彼は若い男に出会う。名は昭光。

昭光と出会い、ここが沖縄であることを「僕」は知った。昭光は「独立塾」なる
精神論的な職業訓練j所のようなところから脱走して来たのだった。
そして、「僕」には名前がなかった。「僕」は記憶喪失になっていたのだ。
昭光は「僕」に「ギンジ」という名前をつけた。

森を抜けたギンジと昭光は、成り行き上、コンビニバイトの女のマンションに
居候することになった。ここから物語はいろいろな方向に流れることになる。
コンビニバイトの女の弟ということにして、「磯村」という苗字をもらったギンジは
「磯村ギンジ」として行動するしかなかった。

女のマンションを出た二人は別々の行動をした。
ギンジには働く意欲はあったが、なにせ過去がない。コンビニバイトの女から、
苗字とある程度のでっちあげの履歴を作ったが、それだけでは心許なかった。
一方、ちゃらんぽらんな性格の昭光はどこに行っても、使えない。市議会議員の
息子である昭光は、やんちゃなおぼっちゃんに過ぎなかった。

沖縄を舞台に、二人の生き様が描かれた小説である。
ギンジは自分の過去を取り戻したいと思いながらも、どこかでそれを怖れている。
昭光は何も考えていなさそうで、実は自分という人間を分かっていた。
そして少しずつ取り戻されていくギンジの過去。


この小説が連載になるさい、ニートがテーマになると聞いた。
仕事しない若者、ってあれである。ニートがテーマというと、なんで仕事しない
のかとか、若者が何を考えているか?などというテーマが安易に思いつく。
しかし、そんな軽々しいものではなかった。ギンジが記憶を失くすほどの
重苦しい過去。ネタバレになるので書けないが、その回想シーンの中に、
雇用主と、労働者の圧倒的力関係の違いをまざまざと見せられるシーンがある。
綺麗事をいくら並べ立てても、労働者などただの労働単位に過ぎない。


今日は成人の日だ。
前途多難なる日本の将来の前に、若者は立ち竦んでしまうことになるかもしれない。
格差是正などと、日本政府がほざくことを本気に聞いていてはいけない。
今の若者は甘やかされている。打たれ弱い。我慢が出来ない。礼儀を知らない。
人間自体が弱く出来ているのに、社会の状況は厳しすぎる。バブルの崩壊で、
痛みを知った企業は弱いものまでは掬いあげない。しかし、バブル崩壊の痛みは
なんとなく若者にもわかっている。エレベーター式に築かれる人生など、まったく
期待できない事も知っている。

勝つか、負けるか…。ほんの一部の人間が勝利者となり、あとはただの労働単位に
なるしかない時代は、すぐそこまで来ている。いや、もしかしてもうそうなのかも
しれない。そう言う事だって、実は知っているのだ。それでも
「自分のやりたいことが、他にあるかもしれない」
と言うのか?

私たちの時代ならそれで通った。多少の出遅れは、取り戻せたし、出世街道
からドロップアウトしたところで、簡単に解雇なんかはされなかった。
今は、解雇になる前に、正社員になるのすら、おぼつかない世の中なのだ。
皮肉な事に、高度成長期を支えた働き者の親を持つ私たちの世代が、
働かないニートたちを食わせている現実がある。


読書感想のつもりが、話がだいぶ逸れた。
ま、なにはともあれ、新成人の皆さんにはおめでとうと…。
だいぶ、しんどい人生になりそうだが、がんばってちょうだい…。
地球規模で見れば、日本は上等な国に入るのだ。
ちょっとやそっとのことで、餓え死にしたりはしないだろう…たぶん…。
そんくらいの気持ちでやってれば、人生うまくいくかも…。
保障はしないが…。


ちなみに、この小説はまだ本にはなっておりません。
記憶の片隅にでも留めておいて貰って、発売したら、思い出して
下されば幸いです。