yokohamanekoの日記

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「翳りゆく夏」赤井三尋

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「翳りゆく夏」 赤井三尋 講談社文庫
第49回 江戸川乱歩賞 受賞作


久し振りに本格推理を読んだ。別に嫌っているわけではないが、
犯人当てだの、アリバイだの、ゲーム的要素の強い推理小説
あまり興味の無くなってきた事は事実である。

松本清張以前の推理小説というと、血も凍る連続殺人事件だとか、
アリバイ工作だとか、トリックだとかって、凡そ人間不在の小説が
多かった。それはそれでエンターテイメントとして割り切ってしまえば
面白いだろうが、そんな現実離れした話よりも、事件などなくても、
身の回りの身近な事柄をテーマとして取り上げ、人間の愚かさや、
逆に素晴らしさ、喜びや悲しみ、憎悪や嫉妬、人間を人間として描いた
「人間のドラマ」が読みたいのである。

推理小説に「人間のドラマ」が無いとは言わないが、事件と言う、
非日常的なる設定の中では、リアリティーに欠けるきらいがある、
と、勝手に考えて敬遠してきたのであろう。

とりあえず、「江戸川乱歩賞」に釣られて、読んでみた。


20年前、営利誘拐事件があった。犯人は身代金奪取の後、
警察の執拗なる追跡を受け、事故を起こして死んだ。
その犯人には娘がいた。朝倉比呂子。
比呂子は親戚に引き取られ、実の子供同様に育てられ、
東西新聞社の就職試験を、優秀なる成績で合格した。

しかし週刊秀峰がこれをスッパ抜いた。
朝倉比呂子は、入社を辞退しようとするが、人事厚生局長の
武藤や、社長の杉野がこれを押し留めようとした。
やがて、社長をも顎で指示する社主から特命が下された。

事件の再調査である。
しかし、20年前の事件の再調査にまともな記者が当てられる筈が無い。
ある事件で干され、窓際社員となっていた梶に命が下された。

梶は事件の再調査に着手し、そこから20年前の封印が解かれていく。


と、この先はネタバレなので興味のある方は読んで欲しい。
設定としてはよくあるパターンである。過去のある事件が蒸し返され、
捜査権力を持たない主人公が、地道な捜査で、真実を暴いて行く、
という筋書きだ。
小出しにされる、真実。一見すると脈絡のなさそうなその一つ一つの
点の真実が、やがて糸で結ばれる時に、事件の全貌が明らかになる。
推理小説の王道とも言えるパターンである。

意外なる犯人、そして単純に見えた犯罪の裏に、更に犯罪が…。
かなりリアリティーのある設定であり、しかも細かい。
所謂、名手と呼ばれる作家の作品を読んでる時に思う、職人芸の
ようなものを感じるのである。
読み始めると止らなくなる。

読み終わった時に、号泣したりとか、強い感動を得るとかではないが、
決して人間が不在になっていない小説である。
赤井三尋(みひろ)という作家、ちょっと要チェックである。